特集2022.06.03

すべての子どもたちに伝えたい、斎藤雄大さんが考える「自分で決める力」

年齢や性別、障がいの有無に関わらず、さまざまなスポーツ活動に挑戦できるスポーツ拠点「HOKKAIDO ADAPTIVE SPORTS(HAS)」を創設した斎藤雄大さん。幼い頃から野球一筋だった斎藤さんは、学生時代の研究活動を通じて、車椅子ソフトボールと出会います。車椅子ソフトボールをきっかけにパラスポーツに携わる中、「ジュニア育成の重要性」を強く感じた斎藤さん。次世代を担うすべての子どもたちに伝えたい、「自分で決める力」とは。

斎藤雄大さん プロフィール

斎藤雄大(さいとう ゆうた)
元日本車椅子ソフトボール日本代表監督(2015-16)。2018年にアリゾナ大学とテキサス大学で障がい者スポーツについて学び、帰国後HOKKAIDO ADAPTIVE SPORTSを設立。イベント開催やジュニア育成など、北海道の障害者スポーツの環境整備に精力的に取り組んでいる傍ら、自身も選手として活動している。

出会いの原点は「野球」

車椅子ソフトボールとの出会いについて教えてください。

僕自身、10歳の頃から大学生まで野球一筋でした。「北海道の中で野球が強い大学に行きたい」、「体育の先生を目指したい」という2つの理由から進学先を決めたほどです。
大学時代、野球を専門とするゼミに入ったのですが、たまたま僕が入った年に「身体障害者の野球についてもスポットを当てて活動しよう」という動きがあって。そこで、車椅子野球というものが世界でまだ確立されていないことを知り、ゼミ活動として車椅子野球を作ってみることにしました。
その後、大学院に進学し、ひきつづき車椅子野球について研究を進める中で、海外の動向を調べる機会がありました。しかし、関連する資料がなかなか見つからなくて。そこで、野球と類似するソフトボールの車椅子競技について調べたら何か掴めるんじゃないかと視点を変えてみたんです。すると、車椅子ソフトボールがアメリカで40年ほどの歴史を紡いでいることがわかりました。

発想の転換が車椅子ソフトボールとの出会いに繋がったんですね。

そうですね。楽しそうだなと思い、お世話になっていた教授や一緒に部活をやっていた地域の車いすバスケットの人たちに車椅子ソフトボールについて話すと、みんな興味を示してくれました。
当時、大学院の研究生としてコンタクトを取った堀江航さん(プロ車椅子バスケットボール選手)も車椅子ソフトボールに興味をもってくださり、実際にお話することができました。すると、「せっかく行くのなら現地で大会に出てみよう」と提案してくださって。すぐにチームジャパンを結成し、大学院2年生の時にアメリカに行きました。


▲堀江航さん(写真左)(斎藤さんご提供)


▲堀江航さん(写真右)はルワンダ共和国の大使スタッフ、斎藤さん(写真左)は車いすラグビーの国際審判員スタッフとして東京2020パラリンピックに参加(斎藤さんご提供)

展開が早い!実際にアメリカに行ってみていかがでしたか。

アメリカでは、車椅子ソフトボールが競技として確立しているし、約20チームほどのMLBが車椅子ソフトボールチームをサポートする体制が根付いているんです。これなら日本に持ち帰って普及できるかもしれない、と思いました。
ゲームとしても面白く、我々初心者チームが勝利を収めたゲームもありました。また、障がいと共に生きるアメリカの方と実際に接してみて、障がいがあることで苦労することはあっても、それを主体的にロジカルに整えて乗り越えてきたんだろうなというのが肌で伝わってきたというか…。その人本来の性格云々ではなく、その人なりに困難を乗り越え、今の明るさを手に入れたんだろうなということを感じられたのは、とても大切な経験になりました。

▲車椅子ソフトボール日本代表チームを結成(斎藤さんご提供)

障がいの有無に関わらず、主体的な感覚をもって生きるということはとても大切ですよね。

そのとおりですね。僕はパラスポーツを軸に活動していますが、これは1つの切り口にしか過ぎないと思っています。僕は、スポーツ全体ないし社会全体のことを視野に入れながら活動していたい。パラスポーツの魅力は、他の文化や環境から学べることがたくさんあるところだと思うんです。そういった部分を活用できるコンテンツをたくさんつくっていきたいなと思います。

ジュニア育成からうまれる未来の可能性

留学後、ジュニア育成に注力されてきた経緯を教えてください。

留学以前から、ジュニア育成に対しての思いは一入でした。2014年の車椅子ソフトボールシーズン前、シカゴを拠点に活動されていた堀江さんから「ジュニアリーグを観にこないか」と誘っていただきました。実際にアメリカまで観にいくと、そこには300~400人ほどのジュニアの選手がいて…。日本ではそういった状況を目の当たりにしたことが無かったので、当時はとても衝撃を受けたことを覚えています。堀江さんや現地の方に話を聞くと、幼少期からパラスポーツを始め、高校生になったら大学からスカウトされる。そして、大学からパラリンピック選手が輩出されることもあるんだよ、と。幼少期から育成するということがいかに重要かということを学びました。

そこで感じたジュニア育成への思いが留学、そしてHOKKAIDO ADAPTIVE SPORTS(以下HAS)の設立にも繋がったのでしょうか。

はい。僕がHASを始めて感じているのは、障がい者の方はスポーツ以前に、教育や医療の面でとても苦労されているということです。
留学時、障害学専門の先生に「日本には障がい者のための特別支援学校というものがある」とお伝えしました。すると、その教授は涙を流して「なんでそんなことを」とおっしゃったんです。アメリカと日本では、それくらい多様性社会への差があり、我々にとってのあたりまえが「なんでそんなことを」と思われるような「壁」が、日本にはまだたくさんあるんだということを実感しました。


▲HASで活動する子どもたちの様子(斎藤さんご提供)

HASでは「障がいの有無に関わらず、みんな参加していいよ」という考え方を大切にしているんですが、この考え方はアメリカで教えてもらったように思います。僕はHASでの活動を通じて、障がいをもつ子供たちから勇気づけられたり、教えてもらうことがたくさんあります。そういった対等な関係性というのが、障がい者と健常者の風通しのよさへの近道なのかなと感じています。システムづくりや障がいに関する学習というのももちろん大切ですが、実際に健常者と障がい者がコミュニケーションを通して交わるということが、さまざまな問題を一瞬で解決することもあるんじゃないかと思うんです。
今、HASに来ている子どもたちが大人になるとき、あるいは大人になって次世代の子どもたちを育てるタイミングで、僕の指導の成果が出てくるんじゃないかと思っています。健常者の子たちと日常的に遊ぶ車椅子の子や、車椅子の子たちとよく遊んでいる健常者の子たちが徐々に世に出ていく。そういった彼らの存在が、これからのカギになってくるのではないかと思います。


▲HASで活動する子どもたちの様子(斎藤さんご提供)

子どもたちに「自分で決める力」を

HASを通じてたくさんの子どもたちと接する斎藤さんが今、子どもたちに伝えたいことを教えてください。

HASを設立した頃というのは、東京五輪を前に、スポーツ界においての暴力や横領など、さまざまな問題が精査された時期でもありました。団体の規模の大小関係なく、お金や大人の利権のせいで、団体に所属する選手が苦しむことって珍しいことではないんですね。
そんな思いを子どもたちにはさせたくないし、もし彼らがそんな状況に直面することがあっても、自分で解決できる能力を身につけてほしいなと思っています。そのためにも「自分で決める力」を育むということがとても重要になります。
僕は4歳の子にもそういった指導をしているんですが、根底には「自分で決めたことに責任を持てる人間になってほしい」という思いがあります。自分自身で決めることさえできれば、周りや環境に左右されず、柔軟に生きていくことができると思うんです。
また、「自分はどこまでできるんだろう」という気持ちを大切にしてほしいですね。障がいをもって生まれた、あるいは障がい者になった方は「できない」ということばかり言われて「次は何ができないんだろう」って考えるんです。それって悲しいことじゃないですか。
だからこそ「できない」範囲より「できる」範囲というのを明確化してあげるというのが、僕ができる最低限のことかなと思っています。子どもたちの選択肢は日常にたくさん転がっていますし、周りの大人たちからもさまざまな選択肢を提示されることがあるかと思います。ですが、最後は自分自身が決める、そんな強さを子どもたちには大切にしてほしいなと思いますし、我々大人たちも、そんな強さを見守る眼差しを大切にしたいなと思っています。


▲HASで活動する子どもたちの様子(斎藤さんご提供)

取材後記

「子どもたちって、僕らが思ってる以上に頼もしいんですよね」という齊藤さん。日常生活で子どもたちに接する時、誰もが「大人として何かしてあげなければ」と気張ってしまった経験があるのではないでしょうか。
「手を差しのべる温かさ」と「見守る温かさ」。2つの温かさをもって子どもたちと接する斎藤さんだからこその思いに、大切なことを教わったように思います。HASで育まれた子どもたちが将来、どのように芽吹いてゆくのか。子どもたちの成長を心から楽しみにしています。

斎藤雄大さんの情報はこちら

▼HOKKAIDO ADAPTIVE SPORTS 公式HP
https://h-adaptive-s.com/
▼日本車椅子ソフトボール協会 公式HP
https://www.jwsa.or.jp/