特集2021.12.28

東京タワーを2分で駆け上るランナーがいる! 超ハードな競技バーティカルランニングの世界ランカー 小山孝明さん(31) 一度やったらハマる“人生で一番キツい” スポーツの奥深い魅力とは?

高層ビルの階段を全力で駆け上がる競技の「バーティカルランニング」*バーティカル=垂直 海外では、賞金レースが続々と開催されるなど、盛り上がりを見せています。日本におけ る同競技の先駆者で、世界ランキング8位の小山孝明選手は「バーティカルランニングは ビジネスになる!」と自信をのぞかせます。小山さんは元々、陸上 十種競技のプロ選手 で、バーティカルランニングと出会ったのは「偶然」だったそうです。アスリートと大会 運営者、二足の草鞋を履く小山さんが、競技の魅力、高層ビルが立ち並ぶ日本が持つポテンシャル、将来の夢を余すことなく語ってくれました。

小山孝明(こやま たかあき)プロフィール

1990年10月27日生まれ 東京都出身
身長170センチ 体重56キロ 血液型 O型

2019.2020世界ランキング8位
Tower Running Tokyo 代表

【主な戦績】
2018VWCロンドン大会 3位
2019東京タワー階段競走 優勝
2020札幌テレビ塔バーティカルラン 優勝
2021東京タワー階段競走 優勝
1分間の階段登り世界記録保持者

東京タワーを2分で登る小山さんが語る「バーティカルランニングの魅力」!

はじめに、バーティカルランニングってどんな競技なんですか?

小山 正式名称は「バーティカルランニング(和名では階段垂直マラソン)」と呼ばれていて、東京タワーやホテルなどの高層ビルの階段を100~300メートル登る競技です。1905年にフランスのエッフェル塔で、自転車競技や陸上競技のアスリートたちが集められて、フィットネステストをさせる、というイベントを起源に競技が始まったそうです。日本においても、2017年に大阪のあべのハルカスで初めて世界大会が開催されるなど、徐々に競技の認知度が高まっていて、現在は年間、小規模の大会を含めると30~40ほどレースが開催されています。

ふと思ったんですけど、例えば階段を駆け上がるときに一段飛ばしたり、手すりを使ったりしても良いのですか?(笑)

小山 大丈夫ですよ(笑)。「こう走らないといけない」という形がないのが、バーティカルランニングの魅力でもあります。それに、レースによって、階段の種類や幅も異なります。自分で考えたことを、そのまま実践で反映することができるのも、競技の楽しみの一つですね。

例えば、東京タワーのレースだと、小山さんは何分でゴールするのですか?

小山 自己ベストは2分6秒です。150メートルの第一展望台まで登ります。
*東京タワー第一展望台=メインデッキ(大展望台)150m、トップデッキ(特別展望台)は250m

第一展望台まで2分…凄すぎます。

小山 とはいえ、走り切った後は、すぐにその場に倒れこんでしまうほど、体力をつかいますよ(笑)。初めて参加される方も、口を揃えて「人生で一番きつい競技だった」と仰います。それでも、みなさん「また出場したい」と言ってくださいますね。やはり、正解がない競技ですので、「次はペース配分を変えてみよう」「手すりをつかってみよう」など、自分で考えることができる余地が大きいのが、リピーターが多い理由の一つだと思いますね。

東京タワーの階段を駆け上がる様子(小山さん 提供)

陸上十種競技で挫折...! バーティカルランニングと出会う

世界ランキングで8位に位置する小山さんがバーティカルランニングと出会ったのは?

小山 本当に軽い気持ちでエントリーしましたね。元々小中学生の時は野球をしていて、高校に進学してからは陸上競技を始めて、十種競技の選手になりました。結果もそれなりに残せて、実業団にも入ることができたのですが、その矢先に膝を怪我してしまい、選手生活を断念せざるを得なくなりました。

その時に次の進路として考えたのが、「アスレティックトレーナー」という、リハビリのプロです。アスリートとお医者さんのパイプ役的存在ですね。自分が怪我で陸上競技を諦めてしまったこともあり、怪我で苦しむアスリートの助けになりたい、自分の身体のメカニズムを勉強してみたい、という気持ちになったのです。

大手フィットネスクラブに入社し、アスレティックトレーナーとして勤務を続けるうちに、身体的機能や、身体の使い方を理論立てて研究するようになりました。現場で学んだことをリハビリがてら、自分の身体で試してみたところ、明らかに「走る」パフォーマンスが向上したのです。バーティカルランニングと出会ったのは、そんな時期でした。

(小山さん 提供)

バーティカルランニングの第一印象は?

小山 とにかく、身体的にも強くなった自分の身体を試したい、という一心だったので、あまりバーティカルランニングそのものを意識していなかったかもしれません。

2017年の東京タワー大会に初出場したのですが、とにかく経験したことのないキツさだった、ということしか覚えていません(笑)。陸上競技は地面からの反発を受けて前に進むことができますが、階段を上るためには、足を大きく上げないといけない。「前に進まない」と思ったのは長いアスリート人生で初めてでしたね。それでも続けようと思ったのは、結果がついてきたからです。初出場で3位、歴代の日本人でも9位にランクインするタイムを記録できたのです。

初出場で表彰台、すごい才能ですね。

小山 率直に、「これならいける」と思いましたね。今までプロ野球選手や、陸上でオリンピック選手といった壮大な夢を持っていましたが、実現できず、実業団時代の同期がオリンピックに出場しているのを見て、内心忸怩たる思いを持っていました。

怪我をしているアスリートの役に立ちたい、という思いでアスレティックトレーナーという 職業に就き、仕事をする中で自分の身体能力も上がっていくことを確認できました。そして、その上で、初出場で3位入賞という結果もついてきたので、自分の中ではバーティカルランニングで生きていくことができるという自信があったことを、今でも覚えていますね。

その後、2018年11月にロンドンで行われた世界大会に出場されます。

小山 東京タワーでのレースに初めて参加した後、バーティカルランニングの競技者としてどうい うキャリアを歩めばいいのか、イマイチ掴みきれていないところがありました。今でこそ日本での知名度もある競技ですが、当時はまだまだ認知されていなく、私自身世界大会に出場経験のあ るランナーを一人も知りませんでしたから。

そんな時、ロンドン大会の存在を知り、世界に自分の名前を売るためにも出場しようと決意しました。大会事務局にも英語で、東京タワー大会で3位になったこともあるから、賞金が出る「エリート選手枠」で登録させてくれ、とダイレクトメッセージを送りました。

勤めていた会社にも、9月には退社する旨を伝えていました。絶対に勝つという自信があったからこそ、サラリーマンを辞める、という選択ができたのだと思います。

ロンドン大会の結果は3位入賞。有言実行ですね。

小山 あの大会で入賞することができて、今までの自信が確信に変わりましたね。世界大会の主催者からも「次の大会も出てくれ」とオファーを受けましたし、「バーティカルランナー小山孝明」という名前を売ることに成功しました。競技者としても、世界大会に出たことで様々な学びがありました。周囲の世界ランカーは、普段のトレーニングに「自転車」を取り入れていることが分かったのです。彼らから、自転車を漕ぐトレーニングはバーティカルランニングと乳酸のたまり方などが似ている、と教えてもらいました。今でも、普段のトレーニングに取り入れていますね。

アスリートと大会運営者の両立「どちらも100%で」がモットー

世界大会で入賞されてから独立し、現在で3年目になります。

小山 独立当初は、フリーランスのアスレティックトレーナーとして、今まで担当させていただいていたお客様のケアをしながら、海外遠征をし世界大会に出場するというサイクルを回していました。ですが、2019年の6月ごろから、「競技に専念しよう」と思い、スポンサー様を募りました。現在は複数社様にサポートをしていただいています。

私の強みは、バーティカルランニングのアスリートでもあり、大会運営者でもあることだと思います。日本ではまだ成熟しきっていない競技であるため、世界大会に数多く出場してきた私は、日本の大会運営者から質問をされる機会が多くありました。

昨年の7月からは、競技団体を立ち上げました。大会の主催はもちろん、競技規則を作ったり、大手不動産会社やホテルとのレース場所の交渉も行ったりしています。

運営者として活動してみて気付いたのは、バーティカルランニングの競技としてのすそ野の広さです。階段って、日常に溢れていますよね。最近では階段ダイエットやフィットネスという言葉も市民権を得てきたほどです。さらに、ホテルやビルの使われていない場所いわゆる「デッドスペース」を有効活用することにもつながります。場所を貸す側からしても、マラソンなどと違い、人件費はほとんどかかりませんし、非常に魅力的に映っているようです。有難いことに、最近では、東京などの大都市から地方まで、引き合いが絶えません。

将来的には、競技をどれくらいの規模まで成長させたいと考えているのですか?

小山 現在までの累計参加人数は約3万人なのですが、3年以内に100万人を目指しています。この競技の人口は、下は小学生の女の子から上は50代のトライアスロンが趣味の男性まで、非常に幅広いです。毎年、2~3大会ずつ増えていますし、100万人という数字は、決して実現不可能なものではないと信じています。

コロナ禍にあっても、バーティカルランニングは一人、あるいは10人単位でスタートするので密になりにくく、大会も今まで中止になっていません。参加費用も5000~6000円とリーズナブルなので、大変敷居が低い競技なのです。

何より、初めて参加された方々が目を輝かせて「次も出場したいです」と言ってくださっています。階段を上れば上るほど、その奥深さに気付いていく、大変魅力のある競技ですよ。

レース中の様子(小山さん提供)

バーティカルランニングは日本人向き だからこそ、競技人口を増やしたい

これから、バーティカルランニングを始める方に伝えたいことは何ですか?

小山 日本人に向いている競技だ、ということですかね。実際に、世界ランキング30位内に日本人が3人もランクインしています。後発でバーティカルランニング市場に参入したことを考えると、すごいですよね。私自身、世界大会に出場していても、日本人の我慢強さやレースの度に改善を繰り返す姿勢は、とてもこの競技にマッチしていると思わされます。海外の選手の中には、もうダメだと思うと、歩いてしまう選手もいますから(笑)。

小山さん自身も、レースの度に工夫されているのですか?

小山 これまで数多くの大会に参加してきましたが「これがベストだった」と胸を張って言い切ることができるレースはまだありません。出場する度に改善を繰り返し、「まだまだ早く上れる」と気づかされています。競技に正しい正解がない分、自分なりのベストランを常に考えることができるのが、一番の魅力ではないでしょうか。

競技者として、運営者として、それぞれの目標を教えてください。

小山 アスリートとしては、世界ランキングで上位に入ろうというよりは、私が得意としている100mの短距離に力を入れて、世界チャンピオンになりたいですね。同じバーティカルランニングといっても、40mの短距離から300mの長距離まで、ほとんど違う競技だと言えるほど、性質が違いますから。私は私の得意分野でトップを目指したいです。

運営者としては、やはりバーティカルランニングという競技の市場を拡大させていきたいです。音楽など演出に注力して、観客も楽しめるような競技にしていきたいと思っています。1分毎に選手がスタートするので、LEDで煌びやかなライトを当て、大きく名前と実績を実況すると、ライブ感が出て、ワクワクする映像になるのではないでしょうか。

これからバーティカルランニングを始める皆さんには、まずは大会に出場してみて欲しいです。今までやってきた階段ダッシュとは全く異なる奥深さがあります。一度参加すると、やみつきになること間違いなしですよ。私自身がそうですから(笑)。

取材後記

取材をする前は馴染みのなかったバーティカルランニング。プロ選手であり、大会運営にも携わる小山さんが生き生きとお話しされる姿を見ると、私もやってみたい!と素直に思わされました。元々アスリートであり、幾多の苦難を乗り越えながら、バーティカルランニングの伝道師として活躍される小山さんからは、芯の強さを感じさせられました。皆さんも、ぜひ一度大会に参加してみてはいかがでしょうか。

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