特集2022.03.22

選手も仕事も諦めない!アルティメット・清水亮介が抱くキャリアにおける共通意識。

1968年にアメリカの高校生が考案し、その後世界中に広がりを見せた7人制のチームスポーツ「アルティメット」。フライングディスク(フリスビー)を巧みに扱い、全員でパスを繋ぎながら得点を目指すこのスポーツは、日本国内でも年々知られるようになってきました。

今回は、アルティメットと大学時代に出会い、以来約20年間、現役選手として競技に携わり、日本代表の選手・監督として活躍してこられた清水亮介さんにインタビューしました。

ベンチャー企業でコーポレート部門のトップを務めるキャリアを持つ清水さんならではの、競技と仕事の両立に対するスタンス、これからのアスリートが意識すべきことなど、必見な内容が盛りだくさんな取材となりました!

プロフィール

清水 亮介(しみず りょうすけ)
1981年生まれ、静岡県清水市出身。
株式会社enechain/コーポレートデスク・ゼネラルマネージャー。
主な日本代表経歴:
2013年 U-23日本代表 ミックス部門監督 3位
2016年 WFDF マスターメン部門代表 5位
2017年 アジア・オセアニアクラブ選手権 メン部門 優勝
2018年 WUCC 世界クラブ選手権 メン部門 6位

仲間の熱意が導いたアルティメット競技との出会い

まずアルティメット競技との出会いについて教えてください。

小学校からバスケットボールをやっていたんですが、高校生の時に膝の靭帯を断裂し手術することになってしまって。1年以上復帰できないと診断されたので、そのまま部活を引退する流れとなってしまいました。大学でもバスケットボールをしたいと思ってサークルを見学したりもしたのですが、部活動でやってきた自分としてはどこか物足りなさを感じてしまっていたんです。

その時、別のサークルの見学に行った際に友人がアルティメットに誘ってくれたんです。実際に参加してみると、競技としてバスケットとの共通点もあり、また日本一を目指したいというアツい気持ちを持った仲間たちが多かったんです。最初は「急に日本一って言われても…」みたいな感じで自分自身はスロースターターでしたが(笑)、周りの刺激をもらってだんだんエンジンがかかっていったような感じですね。すべては尊敬できる仲間からの誘いがきっかけでした。

偶然の出会いがすべての始まりだったわけですね。大学ではどのような競技成績だったんですか?

大学1年生当時はチームの勢いも相まって、新人戦で全国3位になりました。とはいえ、普段から強豪チームだったわけではなく、当時は東日本でも10位に入るか入らないかポジションでした。日本一にはほど遠いようなチームですよね。そこからトップレベルの社会人チームに練習を挑んだりと試行錯誤を繰り返しながら、ついには大学3年時に全国学生選手権準優勝の成績を収めることができました。

そんな中でも、自分はチーム内では3~4番手の競技レベルだったと思います。タイプとしてもエースよりはユーティリティプレイヤーでしたし、当時は、日本代表になれるなんて思ってもいなかったですよ (笑)
ただ、チームの中で絶対に必要なプレイヤーになるべく「そこに無いピースを補うような存在になる」というスタンスは常に持っていましたね。

アルティメットは「ユニバーサルスポーツ」その唯一無二の競技性と魅力とは

実際にはじめてみて、どんなところが魅力だと感じましたか?

日本では多くの人が大学からはじめる競技なので、トライ&エラーを繰り返しながらいろいろやってみたり、自分たちで練習方法や試合に勝つための戦略を組み立てたりできるのが醍醐味の一つです。歴史が浅い発展途上のスポーツだからこそ、ほかのスポーツに比べて競技としてまだ確立されていることが多くなく、自分たちで創っている感覚が持てるのがとても面白いです。ベンチャースピリッツに近いものがあるのかもしれません。

ほかのスポーツとは違った特徴として、「審判がいない」ことを聞いて驚きました!

アルティメットの大きな特徴は審判を選手自身が行う「セルフジャッジ」を採用しているところです。普通、審判がいないと競技として成り立たないって思いますよね。でも、審判がいない前提に立つと、みんなルールを守るんです。なぜなら、ルールを破ると競技として成り立たなくなってしまうから。競技中に判断が必要なタイミングでも紳士的に、お互いコミュニケーションで解決しようとするスタイルなんです。これを「スピリット・オブ・ザ・ゲーム」(フェアプレーに対する責任感)と言っています。

性別、年齢関係なく楽しめる「ユニバーサルスポーツ」でもあるんですよね?

身体接触が禁止されていて、強いフェアプレー精神が求められるアルティメットは、老若男女問わず同じコートでプレーできるスポーツなんです。実際に親子でプレーできるアルティメットも全国各地で実施されているほどです。
また、競技性の観点とは少し離れますが、生涯スポーツとして長くプレーしつづける人が多く、学生や社会人という立場を超えてコミュニティが形成されているのも特徴ですね。

日本代表までの長い道のり 貫いた仕事と競技「どちらも諦めない」

日本代表までの道のりについてお聞かせください。

2008年、初めてチャレンジした日本代表(男女混合ミックスの部)は残念ながら最終選考で落選。4年後のリベンジを誓い、2012年に自信を持って代表選考に挑みましたが、結果はまたもや最終選考で落選。頑張っても報われないことがあるのかと、31歳にして、恥ずかしげもなく大泣きしました (笑) まさに失意のどん底だったわけですが、チームへの貢献度が高かったからという理由で、選手ではなくコーチとして世界大会に帯同してほしいという声をかけて頂きました。選手として参加できない悔しさはありましたが、スタッフとしてチームを支えることはやりがいも感じましたし、その時の世界大会での実績を評価していただいて、協会側から「来年のU-23部門の代表監督をしないか」とオファーを頂いたのです。

当時は新卒で入社した企業の新卒採用担当として日本中を飛び回っていたので、どちらも中途半端になってしまうのが嫌でオファーを受けるか悩んでいたのですが、会社の先輩に背中を押してもらって挑戦することを決めました。平日は企業の人事、週末は日本代表監督という生活を半年以上続け、結果としてU-23世界大会で銅メダルを獲得できたのです。

その後、2016年にロンドンで開催された世界大会(33歳以上のマスター部門)に日本代表選手として出場させていただくことができました。「選手」として国別対抗の世界大会に出場したのは、2000年にアルティメットを始めて16年目の出来事でした。

もとから競技は社会人になっても継続する予定だったんですか?

大学時代からゼミ2つ・サークル2つ・アルバイトを掛け持ちでやることに慣れていましたし、仕事とスポーツを両方やることでバランスを保てるタイプだったので、辞める選択肢はなかったですね。また、複数のコミュニティに所属していた方が、精神衛生上も健全だというのを肌感覚で理解していたというのもあるかもしれません。

アスリートは競技を優先できる仕事環境を選んでいる人が多いように思いますが、清水さんはどちらのキャリアも平等に考えている印象を受けます。

僕個人の考えとしては仕事とスポーツはそれぞれ独立したものではなく、共通点が存在していると思っています。ビジネスの場では、目標を設定してそれを達成するために何をすべきかを逆算して考えることは一般的ですが、スポーツだけやっていると必ずしもそういう発想を持てないこともありますよね。スポーツと仕事キャリアをうまく接続させるためには、共通点を見出してお互いを高めることができないかという視点も大切だと考えています。

では、アルティメットとビジネスの並走から得た気づきを教えてください。

ゴール設定と、そこに向けたプロセスをいかに設計するか、ということです。
仕事もスポーツも共通していますが、目の前にある作業や練習をこなすだけだと、働いた気や頑張った気にはなるものの、本質的にはあまりゴールに向かっていないということがよくあります。
例えば、同じ練習メニューをやる上でも、「何のためにこの練習をやるのか?」の共通意識をチーム内で事前にすり合わせた上で取り組むだけで、アウトプットの質はまったく違ってきます。その違いはゴールを意識しているかどうかの違いです。何をやるか(What)よりも、なぜやるのか(Why)、ここに大きな差が生じてきます。ただやるのではなく、プロセスの設計をどうするかが重要です。

現役の企業人事としてのキャリアをもとに意見をお聞かせいただきたいのですが、アスリートの”デュアルキャリア”について、どう思われますか?

そもそも、アスリートの「あり方」自体が変わってきているように思います。優れたコーチに囲まれ、恵まれたトレーニング環境を用意され、目の前のことに専念すればいいだけのアスリートは世界でも一握りです。
大半の人にとっては、スポーツでパフォーマンスを出すだけでは、これからの時代で生き残っていくのは難しいと思っています。
なぜなら、スポーツでもビジネスでも一つのスキルだけで戦える「賞味期限」はすぐに切れちゃうからです。同じパフォーマンスを出せるアスリートの中でも、例えば、自身の活躍を動画で編集して世の中に発信できたり、イベントを企画して多くのファンを巻き込めたり、マルチスキルによってその人ならではの価値を発揮できることが、今まで以上に求められていると感じます。

これからも現役のアスリートとして「夢を見たい」

アルティメット競技のアスリートとして、今後のビジョンをお聞かせください

生涯スポーツとして現役でプレーし続けたいという軸と、アルティメットというスポーツが持つポテンシャルをもっと世の中に発信したいという2つの軸が存在しています。現在40歳ではありますが、マスターとしては若手の部類に入るので、まだ夢を見れると思っています (笑) 発展途上のスポーツだからこそ、活躍の余地がたくさんあると思っていますし、アルティメット競技そのもののファンを増やしていけるのも楽しみのひとつですね。

選手として競技を楽しむだけが選択肢ではないということですね。

アスリートそれぞれのスポーツへの向き合い方にもよりますが、人生100年時代と言われる中で、情熱を捧げてきたスポーツを現役生活のためだけにプレーするのはもったいないと思います。関わり方の方法はいくらでもありますし、自分が育てた選手が活躍する姿を見たり、こども世代に受け継いでいけたら、きっと楽しみが増えますよね。

最後に、個人としてのビジョンもお聞かせください!

人事という職種や、アルティメットというスポーツだけにこだわりたいわけではありません。仕事でもスポーツでも価値あるものに身を投じることで、Social goodなことができるのであれば、何でも受け入れてやってみるというスタンスがベースにあります。これからも人を巻き込み、自らも巻き込まれながら、世の中の体温を上げるようなことを企てていきたいですね。

取材後記

競技のキャリアを重視し、あくまで収入源としての仕事はサブという意識が強いアスリートも多い中、どちらもそれぞれフルコミットしながら全力で取り組まれている清水さんの言葉に、とても新鮮な感覚を覚えました。また、アルティメット競技にもマイナースポーツの枠を超え、さらなる発展を期待できる様々なポイントを感じることができました。