水泳(スイム)、自転車(バイク)、長距離走(ラン)を1人でこなすトライアスロン。現在国内には30万人ほどの愛好者がいると言われています。今回お話を伺ったのは田村光(たむらひかり)選手です。子供の頃は陸上部、大学進学と同時にトライアスロンを始めました。大学生の時にデュアスロンにて日本選手権優勝、世界選手権で3位になったトップアスリートです。昨年社会人になり、今は2022年5月に行われる世界一過酷なトライアスロン「アイアンマンレース」の本戦に向けてトレーニングを続けています。オリンピックで競われるトライアスロンの総距離は51.5㎞、水泳1.5㎞、自転車40㎞、長距離走10㎞であるのに対し、アイアンマンレースは総距離なんと226㎞。まさに”鉄人”のみが制覇できるレースです。血の滲むような努力を続け、世界一過酷なレースに挑戦する原動力とは?トライアスロンの魅力とは?田村選手にお話を伺いました。
目次
田村光 プロフィール
1997年11月30日生まれ
神奈川県横浜市出身
東海大学卒業
<大学在学時の主な戦績>
■2017年
関東学生トライアスロン選手権 3位
日本デュアスロン選手権U23 優勝
日本学生トライアスロン選手権 10位
日本トライアスロン選手権 出場
■2018年
学生スプリングトライアスロン選手権OPEN優勝
関東学生トライアスロン選手権 優勝
神奈川県トライアスロン選手権 準優勝
世界デュアスロン選手権U23 3位
関東トライアスロン選手権 4位
世界デュアスロン選手権 15位
日本学生トライアスロン選手権 9位
日本トライアスロン選手権 出場
■2019年
日本学生トライアスロン選手権 10位
カーフマン近畿st 優勝
カーフマン東海st 優勝
■2020年
年越し24時間デュアスロン(1stラン42km-バイク200km-2ndラン60km) 完走
カーフマン北関東st 3位
カーフマン南関東st 準優勝
カーフマンチャンピオンシップ 準優勝
日本学生デュアスロン選手権 準優勝
カーフマンデュアスロングランプリ シリーズ女王
IRONMAN NEW ZEALAND
年代別新記録10時間14分57秒(コースレコード)で年代別優勝
とある陸上女子が走りを奪われた日
まずは田村選手のスポーツの経歴を教えてください。
子供の頃は陸上一筋でした。小学1年生の時に陸上と出会い、高校3年生までやっていました。大会ではそんなに良い結果が出せなかったんですけど、走るのがただただ大好きでした!種目は中学1年生の時に監督の勧めでハードルを始め、それからずっと専門になりました。
長く競技を続ける中で辞めようと思ったことはありましたか?
はい。中学生の頃、一度は辞めようと思いました。 ハードルを飛んで着地するたび膝が痛くて、病院に行ったら、『先天性有痛性分裂膝蓋骨』と診断されました。膝が割れていたんです。最初は 日常生活は送れるけれどスポーツは出来なくなる」と言われました。心が闇で包まれたみたいに落ち込みましたね。今までスポーツしかしてこなかったのにどうしようと。でも主治医がリハビリしようと言ってくれて。厳しかったですが、ハードルがやりたい一心で乗り越え競技に復帰したんです。ハードルの種目も変更しました。私が元々やっていた100mハードルは高さが400メートルハードルよりも高く、間隔も狭いです。ハードルが低くなり、間隔も長くなればスピードも落ちるので、着地の衝撃が少なくなるため、400メートルハードルに変更しました。
“ハードル”を越えるための戦いは家族とともに。
それは大変でしたね。リハビリ当時のことを教えてもらえませんか?
リハビリはハードでした。しかし、家族の支えが沢山あったからこそ、続けることが出来ました。特に印象に残っているのは2つあり、1つ目は食事です。リハビリでは筋肉をいじめ続けるため、その栄養になるタンパク質をたくさん摂れる食事に気を遣ってくれました。また、元々私は玉ねぎが苦手だったんですけれど、血の巡りを良くするためにトロトロになるまで炒めて食べやすくしてくれたり、鉄分とタンパク質の組み合 わせが良いからと、ほうれん草とお肉を一緒に炒めてくれたり、家族とは別の特別メニューを用意してくれました。
2つ目は自宅でのリハビリを監督が進んで務めてくれたことです。膝を支えるための太ももの大きな筋肉を発達させれば、衝撃の吸収をそこで受けられるようになります。だから、パンパンになるまで鍛えました。私は筋トレが苦手だったのですが、家でやると自然と家族との会話も弾む、楽しい時間になりました。そのおかげで自分でも体が変わったなと感じることができ、どんどん希望が湧いてきました。
部活に復帰してからもしばらくは練習には混ざれず、一人で別メニューをすることが多かったのですが、中学3年生の最後の大会間際にまた本格的に走る練習を再開し始められました。どうしても最後の大会でハードルは出たくて。最終的にはたくさんの人の支えがあり、絶望的だったハードルでの試合出場を果たすことができました。ただやはり次は出場するだけでなく、順位も狙いたい!と意気込み高校に進学しました。
▲陸上部時代 高校最後の試合後!
トライアスロンは「食べるために始めた」
▲大学4年、同期と6時間リレー
トライアスロンと出会ったのは大学生になってからですか?
そうなんです。陸上は10年以上続けたので、大学からは新しいことを始めようと思いました。
中高時代は食べるのが大好きなのに食事制限がきつくて。もうこれからはカロリー消費の高い競技を大学ではやるぞ!と決めていました(笑)そうしたらトライアスロンが目に入ったんです。私は東海大学に進学したのですが、当時のトライアスロンの部長が中学・高校時代の陸上部の先輩で、軽い気持ちで挨拶に行くと、そのまま入っていました。私みたいにトライアスロンを始めるのは大学からと言う人も多く、卓球、野球、柔道など、様々なジャンルの経験者が一緒に入部しました。
初めて出た大会の思い出を教えてもらえませんか?
▲苦手なスイム 関東選手権
インカレの予選が初めての大会でした。完走したいとか、体力に自信あるから注目されるかもとか、正直軽い気持ちでいました。結果は何とか完走はできたんですけれど、 ギリギリの状態でゴールして、インカレの本選は逃しました。トライアスロンは大会に出てみないと分からない辛さがあります。 例えば、私はスイムが一番苦手なんですが、練習ではレーンごとに区切って練習をするのに、大会ではオープンウォーターといって、みんな一斉にスタートします。ひとかきごとにぶつかって、人に乗られて、沈められて。最初は泣きながら泳ぎました。
でも辛くてやめようとは思いませんでした。逆に負けず嫌いに火がついて、『もう次は絶対、インカレ本選出る!』と、目標を持てました。実際にに出られたのは2年生の時。その次の目標は日本選手権になりました。日本選手権は学生だけでなくオリンピアンまで出る大会です。
トライアスロンの中に、ランバイクランというデュアスロンという種目があるのですが、その記録会で標準記録を突破し、日本選手権に運良く出場が決まると、U23の部で優勝しました。その結果、大学3年生の時にはデンマークで行われたデュアスロンの世界選手権に出場、世界3位になることができました。
▲初めての世界選手権後、表彰式 今まで味わったことのない格別な感動
世界との壁は周囲の支えと感謝で越えていく
初めて世界を舞台に戦って、どのようなことを感じましたか?
初めての世界選手権はとてもワクワクしました!ですが、周回遅れになると強制終了するので、不安もいっぱいでした。どれだけ格好悪い走り方でもベストを尽くして、まずは走り切らないとと思って練習していました。
しかし、特に海外の選手のバイク力は想像以上でした。向かい風が来ても整備されていない道でも、同じ出力で走るんです。私は焦ってしまって力んで足を攣(つ)ってしまったりもしたのですが、なんとか持ち堪えました。 すると一緒に世界選手権に出場していた日本人の2人の選手が強制終了させられて、帰っている様子が見えて。2人がこちらに声援を送ってくれて、自分の気持ちにもう一度スイッチが入りました。心細いけれど私1人だけでも完走して、成長しないと!と思いました。
ゴール前ラスト5km くらいから協力してくれた人、応援してくれた人の顔が思い浮かびました。この大舞台に立てていることへの感謝、ゴール出来ることへの感動で胸がいっぱいになりながら走りました。サングラスの下は涙でいっぱいだったのは内緒です。
大会に向けて、協力してくれた人たちがたくさんいらっしゃったんですね。どんな支えがありましたか?
練習に付き合ってもらったり、渡航費のご支援を頂きました。競技をしながら学生のバイト代で海外渡航するのは非常に厳しいのが現実です。両親や中高の陸上部の方、OB・OGさんや通ってる接骨院からご支援を頂き渡航することができました。 おかげさまでこの大舞台に立つことができ、格別な感動を味わうことができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。素敵な仲間を持つことができて幸せです。
仕事と競技の両立。もう好きを諦めない!
大学3年生の時に世界選手権に出られたと思いますが、帰国後は就職活動だったのでは?
そうなんです。帰国後はトライアスロン関係なく就職活動をしました。食べることが大好きだったのと、よりたくさんの人に影響を与えたいという想いから食品関係の職に就きたいと思っていました。その中でもまずは現場を知りたかったのと、工学部出身だったことから製造職一本に絞って就活をしました。今はやりたかった仕事に無事に就け、理研ビタミン株式会社にて天才調味料を作っています。 大好きなことを仕事に出来たのは幸せなんですが、社会人1年目はとにかく毎日生きていくことで精一杯で、トライアスロンも1年間離れました。初めて一人暮らしを始めたことや、仕事も慣れようと思ったのもあります。でもトライアスロンをやめてから、幸福度が下がっていました。大好きなことを、仕事のために諦めるのは間違ってるんじゃないか?と、感じるようになったんです。そして何よりも、トライアスロンのあの高揚感が忘れられなくて。なので本格的に昨年の7月から再開しました。
社会人をしながらアスリートを続けれられた秘訣は?
まずは競技のことを知ってもらって、職場の人にも浸透させたいと考え、トライアスロンの魅力を職場の方々にプレゼンしました。社会人初のプレゼンはまさかの大好きなトライアスロンについてです(笑)それと異動する上司へのプレゼントを皆で考えるときには、ロードバイクを全力で推しました。実際に私の案が採用されてからしばらくして、その上司からは「楽しくて週末はずっと自転車に乗って出かけてるよ」とお言葉をいただきました。 その影響で私の周りではロードバイクを始める人が増えましたね。おかげで徐々に職場に少しずつ私の競技活動に対する理解者も増えて、今は私の応援部隊ができています。業務面で気を遣ってくださったり、試合や練習について興味を持ち、応援くれたり。栄養が摂れるご飯を作ってきてくださることもあります。自分が好きなことを周りも推してくれるのはすごく嬉しいですよね。トライアスロンを通してまだお話したことない方ともコミュニケーションを取るきっかけができました。競技をやっている瞬間は自分の限界との戦いだけれど、1人で戦っている感じがしないんですよね。皆で戦っている感じ。なんか不思議ですよね。
社会人としての大変さが、楽しかったトライアスロンを思い出させてくれたのでしょうか?
そうですね。自分の好きな仕事に就けたけれど、プライベートが楽しくないと人生つまらないんだと気がつきました。悔いなく生きるには、自分にはトライアスロンでした。トライアスロンは年齢を重ねるごとに楽しめるのも魅力なんです。意外にも強い選手は30代後半だったりして、経験がものを言う競技と言えると思いますす。
トライアスロンは厳しい競技だと思いますが、社会人との二刀流は辛くないですか?
しんどさもありますが、これまで楽して自分が得られたことはありませんでした。幸せを感じる前には辛いことが必ずあったので。それなら今は苦しくて辛いけど、乗り越えた未来に良いことが待っているはずという考えが私の根底にあります。
これからの目標を教えてください
▲コロナ禍前に行われたアイアンマン予選 表彰式にて
直近の目標だと、2022年5月にアメリカのユタ州で行われるアイアンマンの本戦で、優勝することです!大学の卒業旅行として初めてアイアンマンの予選に出場しに行って、私は1時間コースレコードを塗り替え、大会記録で優勝しました。コロナの影響で一昨年から大会が延期されていますが、無事開催されて、良い結果を出したいです。ゆくゆくは練習や大会で頑張っている姿をたくさんの人に見てもらって、人の心を動かせるような選手になることを目指しています。仕事のせいにして好きなことを諦める人生は歩みません。未来の自分を自分で幸せにしていきたいからこれからも、今を全力で生きていきます!
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