特集2023.06.30

箒1本分の〝魔法をかける〟やさしいスポーツ〝クアッドボール〟とは

7月にアメリカで行われるクアッドボールのワールドカップ。クアッドボールは、日本での競技人口が約200人というマイナースポーツです。いったいどんな競技なのか、取り組むのはどんな人たちなのか。競技に携わる4組にインタビューし、連載でお届けします。
第1回は、日本クアッドボール協会の発起人の1人である西村ゆうやさんに、クアッドボールが持つ魅力と日本チームとして初めて出場するワールドカップについての思いを尋ねました。

▶▶〝クアッドボール〟とは?

映画「ハリー・ポッター」シリーズに登場する架空のスポーツを、魔法が使えない人間でもプレーできるようアレンジされた球技。箒にまたがり、クアッフル(1個)・ブラッジャー(3個)・スニッチ(1個 ※人間が担う)という3種類のボールを用いて点を取り合う。男女混在チームの7名対7名の計14名で対戦するジェンダーフリーの競技である。ラグビー、ドッジボール、鬼ごっこ、ハンドボールなどの要素が含まれる複雑なルールであるが、世界40か国でプレーされ、アジア大会やワールドカップも開催されている。当初は原作と同じ「クィディッチ」の名称で競技されていたが、2022年7月に使用されるボールの数とポジションの数に準えた「クアッドボール(Quadball)」へと世界的に競技名が変更された。

「努力せずに日本代表になりたい」ネット検索で見つけた週末スポーツ

クアッドボールをプレーする西村さん

—まずは自己紹介をお願いします。
西村:西村ゆうやと申します。神奈川県出身で今年32歳です。普段は会社員をしていて、日本クアッドボール協会では共同代表を務めております。

—クアッドボールとは、どんなスポーツなんですか?

西村:まずボールがフィールド上に3種類あります。ゴールに入れて得点するためのクアッフルが1個と、相手選手を邪魔するブラッジャーが3個、人をボールに見立てて走り回るスニッチが1個。7人対7人で、同じ性別の選手はフィールドに4人までしか入れません。ゴールを狙ったり相手にボールをぶつけたり、同時にいろんなことが起きるので、判断の早さが大切なスポーツです。

—マイナースポーツであるクアッドボールをどのように知ったのですか?

西村:僕、社会人になったのが遅かったんです。大学を中退して、違う大学に再入学して、休学、留年して、計7年通いました。25歳で卒業して社会人になった時、組織に埋もれてしまう会社員生活が絶望に近い感覚で…。どうすれば自分を誇れるだろうと考えた時に、2011FIFA女子ワールドカップをふと思い出したんです。サッカー女子日本代表の澤穂希さんが日の丸を背負って歩く姿が頭に浮かんで、格好よかったあの姿を思い出して。「ああ、僕も日本代表になろう」と思いつきました。でも、トップアスリートではなく会社員なので毎日スポーツに費やすことはできないし、週末だけで努力せずに日本代表になれる方法はないかなと…(笑)。そこで会社の同期の水越君(ともに日本クアッドボール協会を設立したメンバー)に相談してみました。2人でインターネットで『日本代表 いない 世界スポーツ』と検索した時に、クアッドボール(当時「クィディッチ」)を見つけたんです。みんなが箒にまたがって走る光景を思い浮かべた時、今の自分がつまらないと感じている現実世界に魔法をかけてくれるんじゃないかと思って、この競技をすることにしました。そうは言っても、僕は卓球をしていた高校時代に椎間板ヘルニアを患っていて、クアッドボールを始めてすぐに腰に負担がかかるので選手として関わるのは無理だと感じました。軽い気持ちで日本代表になりたいと思ってクアッドボールを始めたんですけど、今は選手ではなく協会の運営にまわっています。

—ゼロの状態からどうやって協会を立ち上げたのですか?

西村:言ったもん勝ちだなと思って、とりあえず「日本クィディッチ協会(現在は日本クアッドボール協会)」と名乗ってTwitterなどSNSのアカウントを作りました。競技については「全然わかんないけど、それっぽいものを揃えよう!」と、100円ショップで箒とボールとゴールに使えそうなフラフープを買い占めたり、友達や後輩にひたすら「日本代表になろう!」と声をかけて体験会を開くことから始めました。もともと僕は、小学校からハリポタ(ハリー・ポッターシリーズ)を読み込んでいたのですが、現実世界でのルールが分からないので、人を集めたものの「あのフラフープにボールを入れたら得点らしい」、「邪魔をするためのボールがあるらしい」など1回1回プレーを止めて検証しながらやっていきました。「このスポーツ面白いかも」と思ってくれた人たちは何度も体験会に来てくれたし、1回きりで来なくなる人もたくさんいましたが、少しずつ地盤を作っていきました。2018年には同じく「日本クィディッチ協会」名義で活動していた小山君(現協会共同代表)と合流を果たして、2019年に社団法人の登記をしました。設立時に目標を2つ決めました。1つが全日本選手権を開くこと、もう1つが日本代表をワールドカップに輩出すること。全日本選手権は、コロナ下の制限がありながらもこれまで毎年開催していますし、今年初めてワールドカップに日本が出場することが決まりました。何より、今では全国で200人ほどが毎週末プレーしていることにすごく感動しています。

—クアッドボールのプレーヤーはどんな方が多いですか?

西村:共通しているのは、“遊び心がある人たち”であることだと思います。身体の極致を目指したいなら陸上か水泳かラグビーをやればいいじゃないですか。球技としてのアクロバティックさを極めたいならバスケットボールとかサッカーをやればいい。また、スポーツに惹かれるきっかけとして、バスケットボールの長いハーフパンツが格好いいなとか、野球部のユニフォームが格好いいなとか、ビジュアルって大切だと思うんです。なのに、いろんな競技がある中で、わざわざ体の動きを制限する箒にまたがって、性別関係なく同じフィールドを走るってすごく変じゃないですか?(笑)。その変な部分に対して好奇心と遊び心を持って「やってみよう」と思う人たちなので、ユニークネスというか、愉快な人が多いなと思います。クアッドボールは、遊び心しかないスポーツですね。あと、クアッドボールってめちゃくちゃ疲れるんです(笑)。あんな見た目なのに、スポーツとしての強度が高いというのも面白いなと思います。

クアッドボールは「箒1本分価値観を広げる」やさしいスポーツ

競技を通じ、国境を越えて交流する西村さん(写真右)

—クアッドボールに出会ってからこれまでに印象的なエピソードがあれば教えてください。

西村さん:2019年に香港代表の選手たちが来日して交流試合をする機会があったんです。海を渡って箒にまたがりに来るって、おかしいですよね(笑)。でも、試合後に香港代表の選手たちと抱き合ったんです。言語とか国籍を超えて通じ合った気がして、本当に友達になったなと思えた瞬間でした。その後、韓国でアジアカップに出場した時にも同じような感覚を覚えました。いい歳した大人たちが箒にまたがって真剣に睨み合って…。でも試合が終わればみんな家族のような雰囲気になって、すごく面白い競技だなと思いました。僕たちは子どもたちにクアッドボールを教える機会も多くて。子どもたちは、箒にまたがってキャッキャと走り回って、純粋に競技を楽しんでくれるんですよね。たいていの大人は、初めてクアッドボールをふれて、箒にまたがることを知ると、変だと言います。でも、箒にまたがることを素直に楽しむ子どもたちの姿を見ていると、箒にまたがるのは変なことだと思うのは、大人の勝手な価値観だなと気づきました。今あるいろんな物事は、僕たちの勝手な尺度でこれが正しいとか、これが変だと見ているんじゃないかなと思います。変だと思って遮られていた価値観は、スポーツとして成立することで広がっていく。クアッドボールは、ものの見え方を箒1本分広げるスポーツなんじゃないかと、競技に可能性を感じました。箒1本分というとほんの少しですが、1人1人が箒1本分広げられたら、その先にあるものはめちゃくちゃやさしい世界だと思っています。クアッドボールって、めちゃくちゃやさしいんですよ。性別の壁もないし、男女で肉体的に筋肉量の差があったとしても、それを乗り越える構造があります。例えばブラッジャーというボール。得点を狙う相手プレーヤーを邪魔するものなんですが、それに当たると、持っているボールを地面に落として箒からも降りて、自陣のゴールに戻らなくてはいけない。このルールがあるおかげで、身長140cmの女性と200cmの男性が同じフィールドで戦っても、女性はブラッジャーをぶつけることで身長差のある男性に打ち勝つことができるんです。クアッドボールは、このような身体構造差なども人間の知恵や想像力で乗り越えている感じがあって、いろんな人を包括しようという積極性に満ちた、すごくやさしいスポーツだなと僕は思います。だから、今後もどんどん広まっていったら嬉しいなと思います。

初めてのワールドカップ出場で競技普及の呼び水に

「日本人の知恵と技術でどれだけ迫れるかという挑戦」7月のワールドカップに向け士気を高める

—7月にはアメリカにて初めてのワールカップ出場。どのように期待しますか?

西村:どきどきです。本来は2020年に開催されるはずだったのですが、コロナの影響で延期しちゃって、ようやく初めてのワールドカップを迎えます。結果はどうなるか分からないけど、6年前に競技に出会ってから僕がずっと憧れていたものであるし、今は日本代表みんなの夢でもある。選ばれたプレーヤーが日本を代表して戦っていく。世間からは「クアッドボール?何それ?」という感じだと思うんですけど、その「何それ?」の集団が世界大会で勝って帰ってきて、「意外と日本は強いらしいぞ?」「すごいスポーツがあるらしい…うわ!箒にまたがってる!」「面白い、やってみるか!」というようにどんどん知られたら嬉しいです。いつか箒にまたがって走っているのが普通の風景になったら、世界がちょっと広がっているってことじゃないですか。そんなふうになれば嬉しいですね。去年12月に行われたアジアカップ(クラブ単位で出場)では、1位から3位までが日本のチームだったんですよ。アジアではめちゃめちゃ強いんですけど、体格差のある欧米のチームとはどんな戦いになるのか、日本人の知恵と技術でどれだけ迫れるかという挑戦だと思っています。

—クアッドボールを知らない人たちに伝えたいことはありますか?

西村:箒にまたがった個人が走り回っていたら変かもしれないけど、それが集団になったらスポーツとして成立している。その集団が今、日本を背負って世界に挑もうとしている。クアッドボールは、人間が持っている物事をよくしていこうとする創造性のようなものがぎゅっと閉じ込められたスポーツだなと思っています。ぜひ皆さんもやってみて、現実世界に魔法をかけましょう。スポーツって、競い合うことではあるんですが、競い方がずれてしまうと、殴り合いや戦争、相手を蹂躙するということが起こってしまいます。僕はクアッドボールを通じて、箒にまたがっていろんな制約がありながらプレーするからこそ、最後はハグをし合える関係になれると知りました。戦争を止めるためにこのスポーツをやろうと言うのは大げさですけど、こういうのを一歩一歩積み重ねていくことで、どんどん世界はやさしくなると思います。ハリー・ポッターは、J.K.ローリングさんがコーヒーを飲みながら一気に書き上げたことで有名ですが、その作品のおかげでこんなにも世界が豊かになったじゃないですか。素敵な物語が生まれて、カルチャーも生まれて…。人間のワンアクションは本当に可能性に溢れているので、そのワンアクションを1本の箒からやっていきましょう!

▶▶日本クアッドボール協会の取り組みについて

日本クアッドボール協会では、7月のワールドカップに向けて日本選手団の渡航費などの補填のため、クラウドファンディングに挑戦しています。
https://camp-fire.jp/projects/view/653019

取材・文/森本まりな 写真/日本クアッドボール協会ご提供