特集2023.09.05

プロサッカー選手から会社員へ 「飛躍のカギは、あくなき目標とやり切る力」 元Jリーガー・阿部祐大朗 <後編>

幼少期からサッカーを始め、中・高と着実に実力を磨いたのち、約9年間、プロサッカー選手としてのキャリアを積んだ元Jリーガー・阿部祐大朗(あべ・ゆうたろう)さん。引退後は心機一転、ブライダルや金融など、新たな環境でキャリアを構築する阿部さんにうかがった、現役時代や今の仕事、現役アスリートのセカンドキャリアへのアプローチについてのお話を、前編・後編に渡ってお届けします。

PROFILE【阿部祐大朗】

阿部祐大朗(あべ・ゆうたろう)
1984年10月5日生まれ、東京都町田市出身。桐蔭学園中学校・高校を経て、2003年に横浜F・マリノスよりプロデビュー。その後、モンテディオ山形、フェルヴォローザ石川・白山、徳島ヴォルティス、ガイナーレ鳥取での現役生活を経て、2011年に引退。引退後はブライダル業界に従事し、現在は金融業界にて活躍。現役時代のポジションはFW。

Q初めての就職活動の時のことを教えてください

初めての就職活動について、よく「大変だったでしょう?」という言葉をいただくんですが、実際は「大変だな」なんて感じる余裕もなく、とにかく必死だったのを覚えています。現役生活はいつも契約更新がついて回りますし、一生懸命頑張っていても怪我に見舞われて選手生命が絶たれることもある職業なので、一定の緊張感が伴う仕事。なので、正直「やっとサッカーから離れられる」という安堵の気持ちもありましたし、「早く働きたい!」というポジティブな気持ちもあったので、ある意味、新しいことを始めるには、すごくいい状態でスタートできていたと思います。

初めての就職活動ではエージェントを利用しながら5社、そして興味があったファッション関係の出版社も別軸で受けていました。面接の仕方や履歴書の書き方など、初歩的な部分からのスタートだったので、エージェントの方に一から教えていただいたり、履歴書の修正もお願いしていました。当時の面接をふり返ってみて、あまり上手いことは言えていなかったと思いますが、自分の弱みや強みもわからなかったからこそ、素直な自分自身を知っていただけたことが、採用に繋がったのかなと思います。

また、セカンドキャリアを考えるアスリートなら誰しも考えてしまう「競技しかやってこなかった」という引け目について、僕も引退当初は9年間、サッカーだけを頑張ってきたということをネガティブに捉えていたんです。実際に面接でそのようにおっしゃる方もいたので、「一生懸命やってきたことだけど、ビジネスシーンでは強みにならないのかも」という感覚もありました。でも、ビジネスパーソンになった今、プロのアスリートとしてお金をいただいて、9年間も競技生活を続けてきたということを、引け目に感じることなんて全くなかったと言い切れます。むしろ「僕はこれだけやってきました!だから御社でも絶対活躍できます!」くらいの自信を持って然るべきものだった。だからこそ、セカンドキャリアを考える現役アスリートの皆さんには、現役生活に全力を注いでいることに自信をもって、新天地でもビジネスパーソンとして輝く糧にしてほしいなと思います。

アスリートとして頑張ってきた自分を生かす情報収集を


Qセカンドキャリアを考えるアスリートは、就活シーンでどのようにアピールしたらいいのでしょうか?

魅力的な履歴書に仕上げたり、面接の場でどういうアピールをするかというテクニックも大切ではありますが、大前提として、現役中に自分の所属している競技やチーム以外のコミュニティや人と関わりをもつということが1番大切だと思います。

サッカー業界でいうと、スポンサーの方と接する機会や人伝手に大手企業の方とご縁ができることもあります。現役時代に築いた人間関係や出会いというのは、必ずその後の人生に大きな影響を与えてくれると思うので、チーム内や競技内だけのコミュニケーションに固執せず、積極的に自分自身が成長できるコミュニティを広げていってほしいなと思います。

とはいえ、いざコミュニティを広げようとする時、選手の危機管理の一環として、見知らぬ人や新しいコミュニティと関わることに慎重になる気持ちもあると思うんです。特に今はSNSのダイレクトメールなどからアプローチがあるというのも聞きますから、クリーンな相手かそうではないかという部分を自分自身で判断する賢明さも必要です。だからこそ、自分の競技内のコミュニティや価値観を大切にしながらも、積極的に外の世界を知るということが大切になってくるんです。

自分自身の未来や選択に責任を持てるのは自分しかいないので、セカンドキャリアを考えるアスリートの皆さんには、「知識や経験を自分から掴みにいく」という意識を、現役中から持っていてほしいなと思います。

大切なのは「人間性」と悔しさを糧にする「野心」

Q新しい経験に臆せず挑戦を重ねてきた阿部さんにとって、「チャレンジすること」とは?

新しいことに挑戦する時は、もちろん怖さもあるのですが、僕にとってはワクワクする感覚の方が強いかなと思っています。実際、現役を引退してブライダル業界に行くと決めた時、不安よりも楽しみだなという気持ちや、ワクワクのほうが大きかった。

今だからわかるんですが、そういう気持ちで新天地に行く時って上手くいくんですよね。変化することはある程度のストレスもかかるし、新しいコミュニティで新たな人間関係を構築していく大変さもあります。でも、「居心地がいいな」と思っている時には感じられない成長を実感できるところが、チャレンジの醍醐味だなと思うんです。なので、これからもチャレンジすることを恐れずに、積極的に新しい扉を開いていきたいなと思っています。

また、僕はサッカー時代に2・3年単位で新しい環境に恵まれたので、自然と「新しいコミュニティでの人間関係の築き方」のようなものを身につけてこられたように思います。とはいえ、最初は新しい環境に馴染むということが本当にストレスで…(笑)。前のチームで築き上げた仲のいい選手とのコンビネーションプレーに対する名残惜しさとか、そういうものをまた一から作り上げる大変さが肩にのしかかってしまった時もありました。

そんな時、若い頃は、「相手に左右されず、ただ自分のプレーを完璧にこなせばいい」と考えていたのですが、歳を重ねるごとに、やっぱり日頃のコミュニケーションが1番重要だと思うようになりました。「自分はこういう性格だ」と理解してもらえる努力をすることはもちろん、相手の性格を知る努力も必要。また、食事を共にしたり、たくさん話をすることもすごく大切だと感じています。

Qアスリートとして、ビジネスパーソンとして、どちらにも共通する大切なポイントは?

人間性だと思います。僕自身のこととして、サッカー選手時代は「ハチャメチャなほうがいいプレースターになれる」と思っていろんなことをしたんですが(笑)、結局、現役生活に長く残れていたのは真面目で、地道な努力を惜しまない選手でした。

サッカーでもビジネスでも共通しているのは、「結果を出さないと生き残れない」ということ。然るべき時に結果を出すためには、一発逆転は通用しません。だからこそ、日々、自分がやるべきことを後悔のないように着実にこなすということが大切なんじゃないかと思います。あたりまえのことのようですが、案外これが難しいんですよね。例えば、ダイエットのために早朝6時から走り込みを始めてみたり、食生活の過度な徹底が長く続かないのと一緒で、自分にとって必要なことだとしても、習慣としてずっと続けていくことは難しい。だからこそ、地道なことでもいいからコツコツ積み上げることは、必ず自分自身の糧になってくれるし、何より自信がつくんですよね。自信がつくと、いろんなことに挑戦してみようとか、積極的に結果を出しにいこうということが、自然とできるようになるんじゃないかと思います。

もうひとつ、「悔しかった経験を糧にする」ということも大切なポイントだと思います。苦しかった経験や悔しかったことに固執するのではなく、その時の気持ちをパワーに変えてレベルアップする力を持ち続けることは、アスリートにもビジネスパーソンにも重要なことだと思います。実際、スポーツでも仕事でも、挫折したり、悔しい思いをすることもありますよね。プラスアルファの力が必要な時にこそ、過去の気持ちを思い出して、今の自分を見捨てず、奮い立たせてあげることが大切。僕自身も、決して順風満帆ではなかったプロサッカー選手としての9年間があったから、今、頑張れているんだと思います。「サッカーで悔しい思いをしたんだろう?」と言い聞かせて、日々の力に変えています。

セカンドキャリアを考えるアスリートの皆さんへ


Q最後にセカンドキャリアを考える現役アスリートの皆さんにアドバイスをお願いします

全力で現役生活に集中してきたからこそ、アスリートにとってセカンドキャリアへのシフトチェンジは難しい。若くして、真剣に向き合えるスポーツに出会えたからこそ、同じ熱量で向き合える業界や仕事に出会うことへのハードルも高くなってしまうんだと思います。「プロ選手になれたんだから、セカンドキャリアでも頑張れるでしょ?」と言われることもたくさんあると思います。でも、違うんですよね。それもよくわかります。だからこそ、今、プロアスリートとして頑張れる環境にいられることに感謝して、現役生活をやりきってください。そして、自分自身が懸けてきたことをビジネスパーソンとしても生かせるよう、他の誰でもない自分自身のために、現役中からいろんな業界や情報に触れ、自分の将来に思いを馳せてください。いかに柔軟にアスリートからビジネスパーソンへのシフトチェンジができるか、それがすべてです。アスリートとしてのキャリアを糧に変えて、セカンドキャリアでも大きく羽ばたいてください。

【前編はこちらから】

文/秋山彩惠 アイキャッチ写真/ご本人提供 文中写真/GrowS