特集2022.10.20

世界基準に触れて気づいた〝意識〟の違い バスケットボール競技スキルコーチ 野村拓矢さん × スポーツファーマシスト(スポーツ薬剤師) 吉田哲朗さん 〝指導者×医療者〟コラボ対談【#わらバスvol.4】

FIBAバスケワールドカップの開催時期に合わせて全国のバスケキッズにコンディショニングを普及する「#わらバス−みんな一緒に、笑ってバスケ!プロジェクト−」。今回はそれぞれの立場で『世界基準』に触れ、気づきを得た共通項を持つ 指導者 野村拓矢さん× 医療者 吉田哲朗さんの若手コラボ対談をお届けします。普段からプロや地域のアスリートをサポートするお二人の感性から、「誰もが【強く・長く・楽しく】バスケを続けられる未来の実現」のヒントを紐解きます。

「#わらバス」キーパーソン:野村拓矢さん×吉田哲朗さん

―今日はありがとうございます! まずは自己紹介をお願いします。
野村「バスケットボール競技スキルコーチの野村拓矢です」
吉田「スポーツファーマシスト(スポーツ薬剤師)の吉田哲朗です」

―お二人には初期から「#わらバス-みんな一緒に、笑ってバスケ!-プロジェクト」にお力添えをいただき、本当に感謝しています。そういえば、吉田さんは最近ついに…!
吉田「はい。実は、『スポーツ現場』に関する夢がひとつ叶いました!」
野村「おめでとうございます!」

―詳しくは後日リリースですが、一般社団法人 ドーピング0会(読み:どーぴんぐぜろかい、以下:0会)の設立が当初からの夢でしたよね!
吉田「感無量です。『やっとここまで来れた、ここからが第二章だ』という気持ちです」

吉田さんは、自らがキャラクターとなり「ドーピング0会」をPRしている(写真/吉田さんご提供)

―そこを経て、さらに大きなビジョン『スポゼロ』を描かれたということで…。
吉田「そうですね、0会の活動も引き続き大切に、相乗効果で発展させていきたいと思っています」

―早速ですが、『スポゼロ』とは?
吉田「一言でいうと、【スポーツセーフティーを地域の選手や指導者の方に届ける取り組み】です」

―セーフティー=【安全】?
吉田「僕たち0会はこれまで、『スポーツ界からドーピングを無くしたい!』という想いに共感したスポーツ医療者が集い、選手に薬やサプリメントについての普及・啓発を進めてきました。その中で、薬のことだけではなく、アスリートの体調や怪我についての知見も蓄積されてきました」

アンチドーピング普及のための啓発活動の様子(写真はコロナ禍前、写真/吉田さんご提供)

―0会内での話題に広がりが生まれたんですね。
吉田「0会で生まれるディスカッションは、スポーツファーマシストである自分にとってはとても新鮮で…。同時に、スポーツ医療者が多職種連携することで生まれる価値は、アンチドーピングという枠組みだけにとどまるものではないな、と思ったんです」

―既存の枠組みを超えた?
吉田「はい。そこで、アンチドーピングも含む、【スポーツに関するリスクがゼロの状態】を、スポーツに関わるすべての人で作れないか?と、取り組み始めたのが『スポゼロ』です。まだ発足したばかりで、これからなんですけどね」

―実は野村さんも、アスリートのリスクを減らす『予防』を意識したコーチングをされているんですよね。
野村「はい!(吉田さんのような)専門家の方との対談が実現して、自分の世界が大きく広がりそうで、ワクワクしています」
吉田「そうなんですね!今日の対談から、『スポゼロ(スポーツのリスクゼロ)』を実現するヒントが得られそうです」

コーチとして選手に指導をおこなう野村さん(写真後方/野村さんご提供)

【強く】 世界基準に触れて気づいた〝意識〟の違い

―お二人の共通項は『世界基準に触れた』ことですよね。詳しく教えていただけますか?
吉田「僕が触れた『世界基準』は、薬剤師として挑戦したIOC(国際オリンピック委員会)の認定資格です。僕が普段名乗っているJADA認定スポーツファーマシストという資格は日本独自のものなのですが、アスリートをサポートするには世界基準を知らないといけないなと思い、取得しました」
野村「僕はバスケットボール競技の最高峰・NBAを有するアメリカ合衆国に、指導者として留学したことです。ご縁とタイミングが重なったありがたい経験で、当時吸収した知識と経験が現在のコーチングの礎になっています」

―世界基準に触れて、気づいたことはありますか。
吉田「世界のトップアスリートはリスクとベネフィットを天秤にかけて、自分に取り入れるものを自ら選んでいる。こういった主体性に、(日本との)大きな差を感じました」
野村「確かに。コンディショニング意識の高さは、アメリカのバスケプレイヤーと関わって、僕も感じました」

―主体的なコンディショニング。
吉田「〝トップアスリートは自分の身体に責任を持っている〟と、強く感じましたね」
野村「口から入る食べ物やサプリメントはもちろんですが、〝動作〟にも同じことがいえると思います」

―動作?
野村「〝自分の身体の使い方〟、とも表現できますかね。例えば、膝の使い方や爪先の方向など、パワーポジションやレイアップなどのフォームにおいて、丁寧に意識し、細部まで調整している印象をうけました」

野村さんは、世界のトップアスリートたちと接する中で、身体の使い方の細部にまで意識をかたむけることの重要性を感じ、自身の指導に活かしている(写真/野村さんご提供)

【長く】 〝予防〟のコンディショニングでリスクを減らす

―なるほど。その経験を具体的にどのように指導に活かしておられますか?
野村「技術を指導する前に『怪我のリスクを減らすための身体操作』をチェックしています」

―技術指導の基盤としての〝怪我予防〟。
野村「パフォーマンスの精度は日頃の〝意識〟によって大きく変わります。この学びをスキルコーチングに活かすことを考えた時、一番落とし込みやすかったのが『動作フォーム』でした。精緻なプレーを体現するためには、その動作を無理なくおこなえるだけの筋肉の柔軟性や関節の動かしやすさが必要です。僕が身につけてほしい動作フォームを再現しにくい状態である場合は、コーチングの前に、僕自身の手で選手の身体をケアすることもあります」

パフォーマンスの精度は日頃の〝意識〟によって大きく変わると話す野村さん。筋肉や関節の柔軟性は精緻なプレーの実現に欠かせない(写真/野村さんご提供)

―ケアにも携わられているんですね。

野村「ただ、選手は誰もが『強くなりたい、上手くなりたい、目の前の試合に勝ちたい』という想いを持って僕の指導を受けに来られますから、正直、リスクを減らす予防の話は響きにくいことが多いと感じています」

―まだ起こっていないこと、ですもんね。
野村「現段階で全くない症状について話しても、選手はピンとこないというか…。ここは本当に悩みました」
吉田「なるほど、僕たちスポーツ医療者が伝えたいリスクは、アスリートには分かりづらいんですね」

【楽しく】 指導者×医療者の連携でリスクを〝伸びしろ〟に

―悩ましいですね…。
野村「そこで編み出した言葉が、〝伸びしろ〟です!」
吉田「〝伸びしろ〟?」
野村「はい。例えば筋肉の硬さは、放置すると肉ばなれ等の怪我につながるリスクでもありますが、見方を変えると、筋肉がより柔らかくなり身体が動きやすくなるとプレーがブラッシュアップされる〝伸びしろ〟でもあります」

―なるほど!その視点、目からウロコです。
吉田「そっか!スポーツ医療者の視点ではリスクはマイナス因子だけれど、コーチングの工夫によって、プラスのベネフィットを生み出すこともできるんですね」
野村「そうなんです。アスリートに『君のプレーは怪我のリスクがあって危険だよ、その動きはやめなさい』というとネガティブな印象を与えますが、『君のプレーのここは〝伸びしろ〟だよ、改善すると怪我もしにくいしね』と言い換えると、受けいれてもらえることが多いです」

―ポジティブな表現ですね!
吉田「なるほど、スポーツセーフティーではマイナスであるリスクをゼロに近づけることに重きを置きますが、アスリートと関わる際には、マイナスからゼロを超えてプラスに持っていく〝伸びしろ〟という視点が役立ちそうです」

―アスリート自身も〝伸びしろ〟を見つけてもらえると嬉しいんじゃないかと感じます。
吉田「僕たちスポーツファーマシストは、リスクを見つけ、それを最小化することが一番大きな役割なので、パフォーマンスアップに間接的に関わっている印象だったんです。でも今日のお話を聞いて、《指導者×医療者の連携》によって直接的に関われそうだ、と思えました」
野村「嬉しいです!医療者の方が見つけたポイントを指導者が伸ばせれば、サポートチーム全員でアスリートのパフォーマンスアップに貢献できますね」

【続ける】 あたりまえを疑い、柔軟に新たな知見を

―世界基準の話に戻って、指導者・医療者として、日々気をつけられていることはありますか。
野村「知識は常にアップデートする必要があると肝に命じています」
吉田「やっぱり、変化に対して柔軟でないといけないなと思いますね」

―今の時代は新たな研究結果が次々に発表されて、スタンダードがすぐに変わりますよね。
野村「例えば疲労のリカバリーについて、今は『適切な休息を取ることがパフォーマンスアップに貢献する』と証明されていますが、地域のスポーツ現場では浸透しきっていない印象です」
吉田「オーバートレーニングの話題ですね。僕たち医療者が知見を届けたいことの一つです」

―他にはありますか?
野村「トレーニング環境にも関わるトピックスとしては、夏場の熱中症や暑熱順化があります。この辺りは、知っている人は多くても、まだまだ軽視されているなと感じます」
吉田「体育館で行う場合は直射日光には晒されませんが、気温や湿度が高いと熱中症のリスクが高まることは知っておいてほしいですね」
野村「パフォーマンスアップをするためには、『パフォーマンスを下げ得る因子を意識的に減らすこと』が重要です。夏場は特に、気温や湿度などの環境因子によって自分がパワーダウンします。そして、それはしっかりと水分・塩分・休息を取ることで予想以上に改善できる、という気づきを促したいです」

オンラインでおこなわれた〝指導者×医療者〟対談の様子(写真上段左/吉田哲朗さん、写真下段/野村拓矢さん)

―お二人が指導者、そして医療者としてアスリートに伝えたいことは?
吉田「この流れでいうと、『夏場はパフォーマンスが落ちてあたりまえ』という時代は終わって、今はさまざまな医学的知見を活用した適切なコンディショニングでパワーダウンを防げます。だからこそ、アスリート自身が『体調への感度』を上げてほしいなと思いますね」
野村「『コンディションを整えることで、自分が発揮し切れていないパワーが引き出され、結果的にパフォーマンスアップする』ということです。そして、これをアスリート自身が実感を得られる形で提供することが僕の目標でもあります」
吉田「内科的な話では、スポーツ貧血や女性特有の事柄なども含まれますよね。アスリートのみなさんは、『こういう時は調子が悪くてあたりまえ』という場面を探してみてください」

―『あたりまえ』を疑うことが、コンディションを振り返る起点なのですね。
野村「補足すると、『今の自分は100%ではないかもしれない、自分の伸びしろはどこだ?』という意識で身体や動作を振り返ると、パフォーマンスアップのために取り組めることがたくさんあるはずです」
吉田「そんな時、ぜひスポーツ医療者の知見を活用してほしいなと思います。怪我をした時や病気になった時だけではなく、アスリートが運動・栄養・休息の日常的なルーティンを見直す時にこそ、積極的に専門家を頼ってほしいです」

【未来】 アスリートが安心して競技に取り組める土台づくり

―最後に一言ずつ、お願いします!

吉田「アスリートにかかわる全ての人が手を繋いで、スポーツのセーフティーネットをつくることで、より質の高いサポートが実現するはず。連携を土台とした『スポゼロ(スポーツのリスクゼロ)』を形作り、選手一人一人が安心してスポーツ活動に取り組める未来を実現します!」

野村「僕の役割は、アスリートの成長を促進させること。競技に特化した技術指導はもちろん大切ですが、そのスキルを発揮するには土台となるコンディションが整ってこそだと感じてます。目の前の選手の〝伸びしろ〟を見抜いたコーチングを行えるように自分自身をアップデートし、『上手くなりたい全ての人の力になる』ことを目指します!」

「#わらバス」ヒント:指導者×医療者の【視点の違い】をシェアし、相乗効果を生み出す

「誰もが【強く・長く・楽しく】バスケを続けられる未来の実現」―お二人のお話から、指導者×医療者の【視点の違い】をシェアし、相乗効果を生み出すことがキーになりそうです。「みんな一緒に、笑ってバスケ!」をキャッチフレーズに、実現を目指して前進していきましょう!(企画・取材・文/山岡彩加)

▶吉田哲朗さんが代表を務める「一般社団法人ドーピング0会」についての詳細はこちら
https://doping-zero.com

▶吉田哲朗さんが提唱する「スポゼロ」の詳細についてはこちら
https://open.kyoto/ideas/「スポゼロ」/

▶野村拓矢さんのスキルコーチング公式HP「GNU Basketball Training」
https://gnu-basketball.com

▶「#わらバス−みんな一緒に、笑ってバスケ!プロジェクト−」についてはこちら
https://grows-rtv.jp/project/4594

▶山岡彩加さんについてはこちら【GrowS掲載】
https://grows-rtv.jp/contents/article/2876